日々思ったこと他ではなかなか話せない事を綴っています。
 
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第一巻
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    ■書簡 その1 はじめまして
    森章二です。役者です。精神年齢10代(前半かな?後半かな?)。これは大変な違いかも・・・
    肉体年齢40代。実年齢・・・・・見た通り。役者は身体が資本です。いろいろな人を演じます。
    だから年齢は、その時々。元気が一番です。むろん衰えを感じることもありますが 年を重ねる
    と云うことはよい事です。楽しいことがいっぱいあります。若い頃に見えなかったものが見えてきたり聞こえてきます。
    それを楽しみにしています。例えば、臭い、香り、薫り等に自分で色付けをしてみるのも楽しいことですよ。
    きっと匂いにも色があると思うんですよ。
    寒い冬の夜、物音ひとつしない雪の降る音が真に’しんしん’と聞こえてきます。
    昔の人が表現したしんしん と云う音が、真に しんしん と聞こえてきます。
    こんな話を講演ですると年配の方は頷き若い人はキョトンとしたりビックリした顔をしています。
    そんな顔をみるのも、密かな楽しみなのです。
    でも、皆んな感じる様になるんですよ、こんなことを。
    ではまた。
     ■書簡 その2 桜が好き
    今はチョットお休み中ですが、宮崎放送から始まって静岡放送、山口放送、岐阜放送、栃木放送などなど
    長いところで、まる三年「森に耳あり章二に目あり」というラジオ番組を毎週月〜金で放送して来ました。
    10分ほどの短い時間でしたが、始めた頃はなかなか時間が経たなくて大変でした。
    健康の話、撮影の裏話、旅公演やロケの話を中心に、
    私の趣味である小動物や魚のこと、我が家の野生蘭栽培 古民具や時代劇で使う小道具のことなど、
    皆様のお便りを元にいろんな話をしてきました。
    そんな中から心に残った話、放送ではできなかった話などを ぼちぼちしていきます。

    毎日この時期になると そわそわと落ち着きません。桜の開花が気になります。
    若い頃は桜よりも梅のほうが好きでした。
    僕の新国劇の先輩があるとき「俺は桜より梅のほうが好きなんだが、
    桜が好きと言わないと日本人じゃないと思われそうで、桜が好き と合わせているが
    絶対に梅のほうが日本人らしいと思うよ」と言ってました。
    この人は「七つ釦に桜に錨」の時代に育った方でしたから無理もないと・・・
    (この話、若い人にはわかるかなぁ。 質問があれば答えますが、一度、周りの人に聞いてみたりして調べてみてください)
    そんな話を思い出しながら桜の古木を巡っています。
    ではまた。

    ■書簡 その3 タンポポのはなし
    タンポポの話
    タンポポを鉢で楽しんでみませんか?
    日本全国、何処にでも生えている野草「タンポポ」。僕の小さい頃は葉っぱを、惣菜の中に入れて食べたり、
    大人は根っ子をコーヒーの代用として飲んでいました。
    もっとも現在ではサラダにしたりタンポポコーヒーは専門店で多くの人に楽しまれる人気商品だそうです。
    そんなタンポポが江戸時代後期から明治時代に園芸植物として変わり花(奇花)が集められました。
    古典園芸植物は高額な故に投機の材料として人気があり(そればかりではないのですが)、その為に運良く絶種を免れた品種が
    現在までも伝わっていますが、安物として見向きもされず消えていった品種がたくさんあります。
    そんな中のひとつであるタンポポを山野好きの仲間たちが現代に復活させようと遊び心で立ち上がりました。
    道端に生えているタンポポの中から花や葉の変わっているものを(緑色の花、後輪花、管状の花びら、
    など普通の花と違っていると思われるもの)を採集して鉢植えで楽しむのです。
    普通の花でも、盃より小さな鉢に植え、水さえ切らさなければ3〜5cm位の葉で美しい花を咲かせてくれます。
    丈夫で育て易く、なにより自分で採ったものを、楽しみながら増やして苗や情報を交換したり自慢しあう。
    僕の春のおすすめです。
    古典園芸植物やタンポポについての詳しいことはまたの機会に・・・
    インターネットで検索しても面白い情報がたくさんありますよ。
    ではまた。

    ■書簡 その4 たまごかけごはん
    たまごかけごはん。鳥インフルエンザ。道の駅。三題話ではないが連想ゲームの様に頭を駆け巡った。
    僕は生たまごを温かいごはんにかけて食べるのが好きだ。といって、なければならないという類のものではない。
    たまに思い出したように無性に食べたくなるだけだ。だが最近はどうもいけない。大丈夫だとわかっていても
    「う〜ん、味噌汁に入れよう」と火を通してから食べる様になった。鳥インフルエンザのせいである。
    大事に使ってもあと20年はどうかな。今更気にしても、と思いながら我が身を労わるようになった。
    若い頃には考えられないことである。
    そして思い出したのが、渥美半島・田原町の養鶏場。カミさんの母親の実家が、この町にある安楽寺というお寺で、
    一年に一回は訪れる。そのときに必ず覗くのがこの養鶏場。旧家を思わせる建物で、表に売店もある。
    ここの玉子の黄身は指で摘んでも壊れない。濃い味の美味しい玉子だ。あの玉子でも、やっぱり火を通してしまうのかなー、などと考えてしまう。
    養鶏場のすぐ近くに、田原町の道の駅がある。この道の駅は面白い。
    お客さんは観光客ではなく、地元の人がほとんど(のようだ)。だから何時いっても地の物がいっぱい。
    とれたて野菜やそこでしか手に入らないものが並ぶ。無農薬と書いてあったりする。
    そうだ農薬も問題になっているね。(外国ものは農薬が多く使われていると聞く)
    「まぁいいや。気にしないで何でも食べよう。」健康ブームで気を使っているのは高齢者ばかり。
    本当に気をつけなければいけないのは若い人だと思うのだが・・・
    それにしても 道の駅は楽しいですね。最近は何処へ行っても必ず覗くのが楽しみです。
    おもいつくままに。

    ■書簡 その5 電車の中で、我思う
    JR山手線に乗っていると初老の婦人が孫と思しき小学校高学年か中学生の女の子を連れて乗ってきました。
    ひとつだけ空いている席にその子を座らせて自分は立っています。
    これは普通の光景なのでしょうか?僕にはどうしても普通には見えません。可愛い孫を座らせて
    自分は立っている。誰にも迷惑をかけているわけでもないし・・・でもねぇ。
    子どももこの頃の年頃になれば、自分は立って、おばあさんを座らせてあげよう、とは思わないのかしら。
    親はそんな躾はしないのかしらあ「う〜ん」。
    電車の中で騒いでいる子どもをよく見かけます。親は注意しないし周りの人も知らん顔・・・。
    余計な事を言って嫌われたくないのかな。
    僕は時代劇で悪い奴を演じてきました。長い間悪い奴をやっていると、後ろから石をぶつけられたり
    「あんた嫌い」と言われたりして、良い人をやりたいなぁと思ったこともありましたが
    やってみると良い人って面白くない。嫌われついでだ。もう一言・・・・まぁいいか。
    こんな事に出会う電車に乗るのがだんだん嫌になる。
    行儀よくしましょう。日本人なのだから。

    ■書簡 その6 桜を見て
    4月の声を聞くと、我が家の近くでも(多摩地区は桜の名所)桜祭りが其処此処で開かれる。
    ぼちぼち出かけてみたが、みんな、しらっ茶けた様な感じで浮かれた気分になれない。枝垂桜や八重咲を待つかな。
    そんな節、故・中谷一郎さんの葬儀に出かける際に通った二子玉川の多摩川堤の桜並木が 一段と美しく見えたのは気の所為かな。

    ■書簡 その7 桜に想いを偲ばせて
    今年の桜の古木巡りは長野県の素桜神社の神代桜と中曽根の権現桜を、と思っていたら
    奇しくも「水戸黄門」の撮影(エッチなお代官様役)で、京都に行くことになった。
    桜と共に散って逝かれた 中谷一郎さんと下川辰平さんを偲んで、常照皇寺の九重桜を訪ねてみようと思う。

    ■書簡 その8 頑固ジジイ
    日本人が外国でイロイロ活躍している。そして日本にも外国人が大勢来ている。
    自由気侭にしている外国人を見て「日本に来たら日本の習慣を見習え」と言いたくなることがある。
    そんな話を若者にしたら「いろんな国の人が皆、違う習慣で暮らしてきたんだから、親切に教えてあげなければ。
    国際社会は協調ですよ」といわれた。そうかな、と思って表に出たら 自分勝手と自己チューが大手を振って歩いている。
    日本人同士は協調しなくていいのかな。
    つい、子どもの頃、いろんなことを教えてくれたり、叱ってくれた近所の頑固爺を思い出す。
    そんな頑固爺になれない自分が情けない・・・と女房に話したら「あんたは今でも十分ガンコジジイですよ」と言われた。う〜ん・・・・・・・・合掌。

    ■書簡 その9 森流ハヤシライス
    辛気臭い話が続いたので美味しい話をしましょう。
    ラジオ放送「森に耳あり章二に目あり」や講演で大好評だった我が家のハヤシライスの作り方です。早くてカンタン!
    僕の親父は大正末期から昭和初めにかけて帝国ホテルでコックの見習いをしていました。
    そのころの賄い食だそうで、これが原形です。まずは市販のハヤシライスのルーを指定の量の水、またはお湯で火を通します。
    ルーはお好み次第ですが僕はトマトケチャップの入っていないもの、デミグラスソース系をオススメ。
    具は肉と玉ねぎだけ。時にはタケノコの薄切り、マッシュルーム等、キノコを加えるのもよいでしょう。
    一人前の目安として薄切り肉80〜100g、玉ねぎ大ならば半分。玉ねぎの切り方がミソで、芽の出る所から根っこに向けて半分に切る。
    次に直角に1cmほどに輪切りにする。(芽から根の方向に切らないこと)
    油またはバターを熱したフライパンで薄切り肉を軽く炒め皿に取り出す。その油で玉ねぎを軽く炒めます。
    両方とも、生に近いくらいで結構です。玉ねぎに火が通ったら、先ほどの肉をフライパンに入れよく混ぜ合わせ
    そこに食べる人数分の熱くしたルーを入れ、ジューっとかき回せば出来上がり。数分の料理です。
    放送へのお便りで「本当においしかった」「うそかと思うくらい簡単でおいしかった」等、うれしいお便りがたくさんきました。
    ぜひ試してみてください。ではまた。

    ■書簡 その10 タンポポの話・その2
    タンポポの話がそのままになっていると思い立ち、散歩がてら、タンポポの変り物捜しと観察に出掛ける。
    僕の家は聖蹟記念館のある桜ヶ丘公園のすぐ前。表に出るとそこ、ここに、白い綿毛の種に交じって花がまだ残っている。
    花の裏の萼を見ながら歩くと、車の通る日当たりの良い道端に生えているのは、ほとんどセイヨウタンポポ。
    公園の湿った日の当たる所はカントウタンポポ(少ない)。明るい林の端にはトウカイタンポポと思われる大形のもの。
    そしてそれぞれの交雑種かと思われるものが、テリトリーを主張するかのように咲き乱れている。
    昨年見付けたトウカイタンポポ(セイヨウタンポポではないが交雑種かも知れない)らしい、大形の白花の一株も健在。
    珍品でもタンポポを採る人はいないとひと安心。
    もっとも関西から西の方は、みんな白花なので珍しくないか?とはいえ、東京都多摩辺りとなれば珍品には違いない。
    昨年見付けて根伏せして保護したものが家で育っているので、来年花が咲けば写真でお見せ出来ると思います。
    そして種を採ればいくらでも増やすことが出来るので、希望者に別けてあげる事も可能です。
    (来年の事を言えば鬼が笑う)
    今年の収穫はいまの所、残念ながらこれだけ。でも友達の所で、都内で採集した緑花の苗が増えているのでこれが楽しみです。
    皆さんも変り物を捜してメールをください。ではまた。

    ■書簡 その11 水戸黄門の撮影
    撮影初日(4月19日)は、いきなりラスタチ(大詰めのチャンバラのこと、ラストの立回りの略)。
    久々と、張り切って望むも本番で廊下の桟に足の指をぶつける。ものすごく痛かったが、40年以上もチャンバラをやって来て、恥かしい。
    痛いなどとは断じて言えぬ。知らぬ顔で通過。里見さんや、皆さんと雑談している時もかなり痛いが、本番になると不思議と忘れる。
    印籠を出されて降参。夕食を挟んで7時間、無事終了。
    ホテルに帰って足を見ると、薬指と小指が腫れ上がっている。朝になっても痛みが消えなかったら病院と決めて寝る。
    朝、痛みも消えて腫れも引いている。紫色になっているが、これなら大丈夫。回復が早い。まだまだ若いと元気が出る。
    今日の撮影は夜から。撮影は同じシーンでも、セットだったりロケだったり場所が変わることもあるので一部だけ撮ったりもする。
    今日はそんな日。支度に1時間掛けて呼ばれていけば10分で終わったりする。1日待って何にも無い事もあるので仕方がない。
    でも今日は足のためにも、軽い仕事でよかった。
    水戸黄門撮影快調。処は出石。夏の放映なので、話はお化けがらみ。
    監督矢田清己。ゲストは長門裕之、田京恵、櫻井ゆか、冷楽公裕、入川保則、須藤雅宏、そして私、森章二。
    代官の私が村娘に惚れて・・・。長門裕之さん大活躍。あんまり書いてしまうと興味がそがれるので、八月始め(9日だと思う)の放映をお楽しみに・・・
    撮影最終日、襲った村娘役の櫻井ゆかさんに花瓶でしたたか頭を殴られて、(新人なので手加減なし)
    今回は痛いことばかり。ではまた。

    ■書簡 その12 行者ニンニク
    5月12日に、北海道から「春の便り」が届いた。
    わざわざ山に入って摘んでくださった、行者ニンニクだ。薬効あらたかな山菜だが、東京では滅多にお目にかかれない代物だ。
    食べても美味だが、焼酎に漬けるのが日持ちもするし、血液サラサラに良いというので、早速焼酎に漬け込む。
    分量はすべてイイカゲン。ビンに入れた行者ニンニクがヒタヒタになるまで焼酎を入れて、ほんの少し氷砂糖かハチミツを加えて出来上がり。
    それにしても、熊の足跡の残っている山の中へ・・・お疲れさまです。感謝!松山さん。

    ■書簡 その13 名古屋の味噌煮込みうどん
    師匠の辰巳柳太郎の好物で、名古屋に行くと必ず食べる。
    40年前に初めて連れて行かれた時には驚いた。土鍋の中に真っ黒な汁、極太のうどんに鶏肉、玉子、葱。
    熱いので蓋にとって食べるのだという。そういえば蓋に穴がない。ひと口食べて腹が立った。うどんが生でガチガチ。
    文句を言うと、これで良いと言う。こんな物食えるかとほっといたら、オヤジ(先生)が何で食べないと睨んでいる。
    仕方なく食べたが馴染めない。二度と喰いたくないと思ったが、師匠のお供で二、三度行く内に、不思議なことに又食べたくなる。
    今では家まで送ってもらう程の好物になった。人間とは変な生物だ。

    ■書簡 その14 片岡球子展
    日本橋の三越に片岡珠子さんの「白寿記念、片岡球子展」を観に行く。年配の女性でいっぱい。
    布で貼り絵をした様な画風が好きだ。彫刻の様に一つ一つが浮き上がって見える。
    観ているうちに漫画家の畑中純さんの版画を思った。引き合いに出したら叱られるだろうか。
    展覧会に行った時、出版物等はなるべく買わない様にしているのだがついつい買ってしまう。それ程素晴らしい。

    ■書簡 その15 我が家のペット・・・フトヒゲトカゲ
    うちのフトアゴヒゲトカゲ君が4年ぶりに卵を産んだ。(5月10日)
    1年ほど寡婦暮らしだったのだが、今年の初めに新しいオスを入れてやったのだ。
    まさか産むとは思っていなかったので、気が付くのが遅れるミスをした。
    それに体が汚れるので土をやめて人工芝にした為に雑菌がついたのだろう。
    20個の卵のうち半分は見付けた時点でダメだろうと思われた。
    1個は親が食べてしまい、残りの19個は丁寧に移して(写真)環境を整えたが、半分は悪くなった。
    そのうちポツポツとダメになり、5日後には6個になってしまった。この6個は五分五分と見守っているが
    5月28日現在、1個がシボンできた。残り5個、危ない状態。
    家に来て6年。2年目に初めて産んで2回目。
    フトアゴ君には悪いことをしたが、元気そうなので、もう一回産んでくれ。今度は・・・・

    ■書簡 その16 電信柱
    僕たちの子どもの頃。電信柱が増えるごとに、都会でも田舎でもそこは明るくなって行きました。
    世の中を照らす温かい明かりを運ぶ復興のシンボルの様に思われた電柱も、今では景観を妨げる邪魔者扱い。
    江戸の面影を残す町並みでは電線は地下に潜り、電柱は姿を消していきます。
    時代劇のロケの時、本当に邪魔だった電柱も、なくなってみると、なんとなく寂しい気がします。
    たこが電線にひっかかって電信柱を昇って叱られた事がありました。
    今の子どもたちは、そんなバカな事はしないでしょうが、
    危険が伴う電柱が消えていくのは当然のことかも知れません。
    そんな事にも時代の移り変わりを感じる今日この頃、かな。

    写真は、東海道の面影を残す、三重県の関町です。
    町並み保存が行われ、電柱もなくなりました。
     
    ■書簡 その17 映画を観に
    映画「死に花」を観た。観客は年配者ばかりだった・・・。

    ■書簡 その18 映画を観に・・その2
    画「トロイ」を観た。長丁場。眠くならなければ良いが、と思って座に着いたが、「あっ」という間の3時間だった。
    考える間もなかった。楽しかった。そういえば昔々「トロイのヘレン」という同じ物語の映画を観たのを思いだした。

    ■書簡 その19 トチリ蕎麦
    「トチル」。役者が舞台でセリフを間違えたり、出るキッカケを外したりすることを言う。
    語源は諸説あるが、あわてる事を「とちめく」といった古語から来ているらしい。
    今では一般でも使われているので、今更説明する事もないが・・・
    この、トチッタ役者が「ご迷惑を掛けて申し訳ありません」という意味で、その場の出演者に配ったのが、なぜか蕎麦。
    これは、慌てる事を「トチメン棒を振る」(橡の実を粉にして麺を打つ時、すぐに硬くなるので、早く延ばさなければならない・・・
    すなわち、あわてる・・)という語源の一つから蕎麦(麺)になったようだ。
    そして僕の若い頃、蕎麦は相手の腹具合もある、ということでコーヒーになり、コーヒーは冷めるとまずいし、いつでも飲めるようにと
    コーヒー券に変わっていった。良き時代の話である。
    各劇団に座員が100人以上居て、それぞれが1年12ヶ月間、芝居を興行していた時代の事。
    本人が気づかない間違いはキツイお叱りを受けるが、当人が自覚している失敗には、あまり目鯨を立てない。
    それでも、このシャレの様な事で済ませてくれるトチリ蕎麦も、人数が多い時などは大変である。普通、研究生は大目に見てくれるのだが、
    研究生も古くなると、早く一人前の仲間入りがしたくて、無理をしてでも配りたくなる。
    僕にも覚えがあるが、30人くらいに配って、飯抜きで過ごしたことがあった。そんな大見栄も役者ならでは。
    今では楽しい思い出の一つである。(反省も忘れていません)
    現代では、大トチリは、即 クビでしょう。

    ■書簡 その20 ウグイスの声が・・・
    ここ数日、盛んにウグイスが啼いている。春先のように、「ケキョケキョケキョ・・・・」と長く尾を引くことはないが
    確かにウグイスと解る声で短く啼き続けている。
    梅雨空の鬱陶しさを飛ばしてくれる和やかさだ。「俺は良いところに住んでいるのだなぁ」と思う。
    【2012.02.07 Tuesday 17:32】 author : morinoshokan
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    この記事に関するコメント
    中野かつきさんからあなた様が新国劇の同期だと知り
    どんな方か、興味を持ちました。
    大阪でも朝鮮部落なるものが、大阪駅前に、あったことを
    思い出しました、何であんな、一等地にバラックの小屋があったのか不思議でしたが、あなた様の昭和20年代の事を聞いて理解できました、ありがとうございました。
    | 谷口 | 2012/08/27 4:42 PM |
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